博士論文を書いていたときもそうなのですが、そのときそのときは断片的なことをやっていて、はたしてこれは全部最後つながるのだろうか…と不安になっていても、最終的には「スーッ」と不思議とつながる瞬間がくるものだなと。
いま、またそれを実感しています。
わたしがいま恩恵を受けている学振PDという研究員の身分は今年度で終わりなので、来年度からの職探し的なことを今しています。実際にはいろんな研究員の制度にまた応募しています。
で、(あまりに準備期間がなく、雑な申請書を出したので確実に通らないですが、)いわゆる「海外学振」なる海外で研究ができる研究員制度に応募するために、ドイツで受け入れてくださるかもしれない先生方2名に先月お話をしにいってました。
(ちなみに海外学振だけでなく、フンボルトとかDAADとか、その他なんでもフェローシップをゲットしたら受け入れてくださるとのことで、海外学振は別に通らなくても構いません。しかし、応募を繰り返して申請書をブラッシュアップしていくことが必要なので、通らなくても出そうとすることが必要でした)
どちらの先生からも無事受け入れを承諾いただいたのですが、一方の先生からは日本の某大学(近所)にも滞在されていたことを伺い、数名の先生のお名前をちらっとお聞きしました。
それをうっすら覚えていて、ふと、いま学振DCあがりのPD※なので、来年度分もPDは新たに申請できることに気づいたとき(これまた気づくのが遅かった)、はて、どの先生に受入お願いしよう…時間がないぞ、そしてドイツにも理解のある先生でなければならないぞ(採用されたらその採用期間の半分くらいはドイツにもいたかったので)、と思ったときに、先月ちらっとお聞きしたお名前が浮かびました。
※DCとかPDも研究員制度の名前です
恥ずかしながら全く存じ上げておらず、また下調べ期間も不十分なまま、指導教員の先生を通じてコンタクトをとらせていただいて、快くOKをいただいたのですが… 心からの感謝…
あんなにフィーリングで勢いで決めたのに、知れば知るほど、やろうとしていた研究にまさにど真ん中の先生でいらっしゃって、お話したり著書を読んでみたら面白いこと面白いこと。どんぴしゃに勉強になって仕方がない。
さらに、2年前、ウィーンに留学していたときに勢いでライプツィヒにお会いしに行った博士課程の方も、わたしが受入をお願いした先生の研究科の出身だったので、その話をしたら、ちょうどその方がご講演なさるとかいう情報が。(明日)
運命に導かれるように、スムーズに、すべてがつながるっていうことはあるんだなぁ、と思います。
しかも、締切がそろそろだな~とか思ってたら、PDの申請はいまいる所属機関でなく、受け入れてもらいたい機関から申請しなければならないと気づいたのが先週金曜の深夜(=月曜の朝まで問い合わせ不可)。
機関(大学)によって締切も違う。場所によってはもう締切終わっている可能性もある。
(実際、内部締切は終わってた)
という、危ない橋をわたったわけですが、受入機関の事務の方が協力してくださり、評価書を作成してくださる先生たちも迅速かつ温かく対応してくださり、申請できる状況です。運命が導いてくれた奇跡だとしか思えません。
ただ、そのチャンスをきちんと形にできるか無為にするかは、やはり自分の最後のふんばり次第なので、PD申請締切直前、頑張ります…